mRNAワクチンの真実:30年の研究史が語る安全性

患者さんやご家族の皆様へ
最近、mRNAワクチンについて「短期間で急造された危険なもの」という誤解が広まっています。しかし、科学的事実は全く違います。医師として、正確な情報をお伝えいたします。

特に懸念されるのは、政治家が医学的事実を十分に調べることなく、個人的な思い込みや政治的思想に基づいて医療情報を発信するケースが見られることです。医学は科学的根拠(エビデンス)に基づくべき学問であり、感情や推測ではなく、長年の研究データと臨床経験によって判断されるべきものです。

医師として、患者さんが正確な情報に基づいて適切な医療判断をしていただけるよう、科学的根拠に基づいた情報提供をすることが私たちの責任と考えております。
【重要な事実】
mRNAワクチンは「コロナが始まってから急に作られた」ものではありません。実際には30年以上の研究蓄積があり、コロナ前から多くの感染症で臨床試験が行われていた、確立された技術です。

mRNAワクチン開発の歴史:30年の積み重ね

1987-1988年
mRNAを細胞に届ける基礎技術が発見される(ロバート・マローン博士)
1989年
脂質ナノ粒子(LNP)による安定化技術が開発される
1990年代
mRNA合成技術が確立。基礎研究が本格化
2005年
カタリン・カリコ博士とドリュー・ワイスマン博士が画期的発見
「修飾mRNA」により免疫副反応を回避する技術を確立
2010年
BioNTech社設立、がんワクチンとしてmRNAプラットフォーム開発開始
Moderna社設立、感染症・がん・希少疾患向けmRNA製剤を試作
2013年
狂犬病に対するmRNAワクチンの臨床試験開始
2015年頃〜
コロナ前から様々な感染症でmRNAワクチンの臨床試験実施:

なぜコロナワクチンは短期間で完成したのか?

mRNAワクチン技術は、コロナ前から"新興感染症が現れた時に素早くワクチンを作る"ための切り札として準備されてきました。いざCOVID-19の遺伝子配列が公開された時、すでに完成していた基盤技術にその情報を組み込むだけで、前例のないスピードで臨床試験に移れたのです。
答え:基盤技術がすでに完成していたからです

2020年1月10日にSARS-CoV-2のゲノム配列が公開されてから、わずか数日でmRNA配列設計が完了しました。これは「ゼロから作った」のではなく、20年以上かけて確立された以下の技術を組み合わせただけだったのです:

具体例:Moderna社の実績

Moderna社の例を見ると、コロナ前からの継続的な取り組みがよく分かります:

2015年後半
鳥インフルエンザワクチンの臨床試験を成功
2015年以降
11種類の感染症ワクチンでヒト臨床試験を実施
2020年1月13日
SARS-CoV-2配列公開から3日後にワクチン設計完了
2020年3月16日
配列公開から66日後に世界初のヒト投与開始

2023年ノーベル医学生理学賞が証明する安全性

カタリン・カリコ博士とドリュー・ワイスマン博士が2023年ノーベル医学生理学賞を受賞したことは、mRNA技術の安全性と有効性が世界最高レベルで認められた証拠です。

彼らの2005年の発見「N1-メチルシュードウリジン修飾」により、mRNAが体内で炎症を起こさずに安全にタンパク質を作れるようになりました。この技術なしには、現在のmRNAワクチンは存在しません。

患者さんからよくある質問

Q: 「短期間で作られたから危険では?」

A: 基盤技術は30年の研究で確立済みです。コロナワクチンは「新しいターゲット(コロナウイルス)に既存の安全技術を応用した」だけです。長年営業しているパン屋が、熟練の製法で新しい具材を使った新作パンを作った。店も設備も技術もずっと前から整っていて、新作はレシピを変えただけ。でも、外から見れば"新しく出たパン"しか見えないから、「急に作った怪しいもの」と誤解されてしまう。まさにmRNAワクチンも同じ状況です。

Q: 「他の感染症で使われていないから心配」

A: 実際には、コロナ前から多くの感染症(インフルエンザ、ジカ熱、狂犬病など)でmRNAワクチンの臨床試験が行われており、安全性が確認されています。

医師からのメッセージ

mRNAワクチンは「急造された危険なもの」ではありません。30年以上の基礎研究と、コロナ前からの豊富な臨床試験経験に基づいた、科学的に確立された安全な技術です。

作成日:2025年8月
医療機関名:さく内科クリニック