慢性咳嗽の最新知見:NEJM 2025年論文から学ぶ診療のエッセンス
本記事について この記事は、世界最高峰の医学雑誌「The New England Journal of Medicine (NEJM)」2025年3月号に掲載された「Unexplained or Refractory Chronic Cough in Adults(成人の原因不明または難治性慢性咳嗽)」論文の内容を、院長が患者さんにとって分かりやすく解説したものです。
慢性咳嗽の基礎知識
咳の持続期間による分類
3週間未満
主に感染症による
3〜8週間
感染後の咳が多い
8週間以上
詳しい検査が必要
慢性咳嗽は、8週間以上続く咳と定義されています。実は、慢性的な咳でお困りの患者さんは決して珍しくありません。イギリスの調査によると、一般成人の約2〜5%が慢性咳嗽に悩まされており、女性の方が男性より多い傾向があります。
過去には「慢性咳嗽の60%が原因不明」とされていましたが、最新の厳密な研究では、実際に原因不明・難治性となる割合は約10%程度であることが分かっています。つまり、多くの慢性咳嗽は適切な診断と治療により改善が期待できるのです。
主な原因疾患
慢性咳嗽の原因として、世界的に最も多いのは以下の疾患です:
1. 上気道咳嗽症候群(UACS)
- 原因:副鼻腔炎、鼻炎、後鼻漏など
- 特徴:咳と痰が主症状で、慢性気管支炎と間違われやすい
- 注意点:のどへの違和感を自覚しない「サイレント」なケースもある
- 治療:抗ヒスタミン薬、鼻噴霧薬、副鼻腔洗浄など
2. 気管支喘息・咳喘息
- 特徴:咳だけが唯一の症状として現れる「咳喘息」も存在
- 注意点:喘鳴(ゼイゼイ音)がない場合も多い
- 治療:吸入ステロイド、気管支拡張薬など
3. 胃食道逆流症(GERD)
- 特徴:胸やけなどの消化器症状がない「サイレントGERD」もある
- 重要:胃酸抑制だけでは咳は改善しにくく、生活習慣の改善が必須
- 治療期間:効果が現れるまで最大6ヶ月の治療継続が必要
4. 非喘息性好酸球性気管支炎
- 診断:呼気中一酸化窒素(FeNO)検査や喀痰検査で好酸球を確認
- 治療:吸入ステロイドが効果的
一人の患者さんに上記の複数の疾患が同時に存在することが珍しくありません。一つの原因だけに注目せず、全体を見渡した診療が重要です。
診断・治療のアプローチ
当クリニックでの診断の進め方
-
詳細な問診
- 咳の持続期間と性状
- 咳が出るタイミング(夜間、食後、会話時など)
- 随伴症状(痰、鼻水、胸やけなど)
- 職場環境や生活習慣
-
身体診察と基本検査
- 胸部レントゲン
- 呼吸機能検査
- 呼気中一酸化窒素(FeNO)検査
- 血液検査(好酸球数、IgE値など)
-
専門検査
- 喀痰検査
- 必要に応じてCT検査,気管支鏡検査
-
診断的治療
- 疑わしい疾患に対する治療を行い、反応を確認
- 治療効果の判定には十分な期間(特にGERDでは最大6ヶ月)を設ける
難治例への対応
標準的な治療でも改善しない場合の対応について、NEJM論文では以下の段階的アプローチを推奨しています:
第1段階:再評価
- ガイドラインに沿った診断・治療が十分だったか検証
- 見落としや治療不足がないか洗い出し
- 特にGERD治療では生活指導の徹底度を確認
第2段階:専門施設への紹介
- 総合病院呼吸器専門医との連携
- 多職種チームでの再評価
第3段階:特殊治療の検討
-
多角的発話療法(Speech Therapy)
- 咳抑制訓練、呼吸訓練、患者教育の組み合わせ
- ランダム化比較試験で有効性が証明済み
-
薬物的ニューロモジュレーション
- 三環系抗うつ薬(アミトリプチリン)
- ガバペンチノイド(ガバペンチン、プレガバリン)
- その他(モルヒネ、バクロフェンなど)
- ※副作用リスクがあるため慎重な管理が必要
長引く咳により不安や抑うつ状態になる患者さんも多いため、心理的サポートも治療の一環として考慮します。
最新治療について
P2X3受容体拮抗薬の現状
薬剤名 | 開発状況 | 特徴・課題 |
---|---|---|
リフヌア | 欧州・日本で承認済み 米国FDA未承認 |
味覚障害の副作用が頻発 プラセボとの差が限定的 |
エリアピサント | 臨床試験中断 | 肝毒性の懸念により開発中止 |
カムリピサント | 臨床試験継続中 | 味覚障害が少ない 高いP2X3選択性 |
現在のところ、咳過敏症候群に対する決定的な新薬はまだ登場していませんが、研究は活発に続けられています。
現時点でエビデンスのある治療法
- 多角的発話療法
- 中枢性ニューロモジュレーター(適応外使用、副作用に要注意)
- 原因疾患に対する標準治療の徹底
当クリニックでの取り組み
受診をおすすめする症状
- 長引く咳
- 夜間や早朝の咳で睡眠が妨げられる
- 会話や笑うことで咳が誘発される
- 咳をしてはダメな場面で余計に咳を止められない
- 痰に血が混じる
- 発熱、体重減少を伴う
- 咳により日常生活に支障がある
上記に該当する方は、お気軽にご相談ください。
参考文献:
Irwin RS, Madison JM. Unexplained or Refractory Chronic Cough in Adults. N Engl J Med. 2025;392:1203-1214.
DOI: 10.1056/NEJMra2309906
※本記事は医学論文の解説を目的としており、個別の診断・治療については必ず医療機関を受診してください。